ペンとカメラ〜犠牲となったジャーナリスト

アメリカのNGOジャーナリスト保護委員会(Committee to Protect Journalists:CPJ)」が今年イラクなどの戦場の取材でなくなったジャーナリストが54人になり、過去10年で最も多くなったことを発表しました。このうち、イラクでなくなったのは23人。昨年よりも10人増えています。

CPJが調査を始めたなかで一番多くジャーナリストが亡くなったのは1994年の66人。アルジェリア(18人)、ルワンダ(15人)、ボスニア・ヘルツェゴビナ(6人)で紛争が起こっていた時期でした(括弧内は亡くなった人の数)。今年は今月10日現在、それに継ぐ数で、犠牲者が多い国は、イラク (23人)、フィリピン(8人)、バングラデシュ(3人)などです。また合わせてメディア関係者(運転手や通訳など)は17人で、内イラクで16人が亡くなっています(もうひとりはネパール)。

イラクでなくなったジャーナリストといえば、日本人の橋田信介さんと小川功太郎さんも含まれており、日本語で情報を受け取る僕たちにとっても他人事ではありませんが、23人の内で、亡くなっているのは18人とほとんどがイラクの人たちです。イラクに侵攻するアメリカ……と国とジャーナリストの方を同一視することはないのですが、アメリカ人の亡くなったジャーナリストは1名というのを見ると、イラク・ボディ・カウントによるイラクの民間人の犠牲者数は最大で16000人以上、最低でも14000人以上、一方で米軍の犠牲者の数は1000人余りというのと同視してしまいます。

ブッシュは戦争の大義としてイラクの人々に自由と民主主義を与えるためだといいました。確かに、フセイン政権での制約が多く、また圧政の中での問題点が多数あったことは認識していますが、同時にそのために引き起こした戦争でこれだけの被害者が出ている現実はもっともっと重要視されていいと思います。

反面、そんな中でイラクサマワに送られる日本の自衛隊がオランダ軍に守られつつ、ひっそりとお金の無駄遣いをして、また隊員の人たちも苦労して生活をしていることを考えると、やはり、どう考えてもおかしな話です。そして、それ以上に、ジャーナリストが自由に現場を訪ねて取材を行うことも難しいような状態を作ったことについて、それでいいのかどうか?ということを僕たちは考えなければいけないと思うのです。