NGOの姿勢−中立とは何か?:MSFに見る

貫戸朋子さんの『「国境なき医師団」が行く (That’s Japan)』(ウェイツ)。本棚から引き出してきて改めて読みました。前にパラパラとしか読んでいなくて改めてちゃんと読んでみると、すごく興味深い内容が書かれています。本書は国境なき医師団(MSF)・日本でプログラムディレクターを務める貫戸朋子さんへのインタビューです。1993年にMSFに日本人として最初の派遣医師であった彼女が活動を振り返りながら、MSFの活動について、NGOについて、医師としてなどなどについて答えています。

「国境なき医師団」が行く (That’s Japan)

「国境なき医師団」が行く (That’s Japan)

現在起こっているスマトラ島沖大地震津波での被災者救援への募金・寄付について、MSFが「お金は十分にあるので募金はもう結構です」と発表したこと、そしてそれに対する反発について記事(1/6)が掲載されたことはここのブログでもお伝えしましたし、他のブログでも話題になっていますが、こうした行為に関してMSFのスタンスというのが明確に見て取れました。

国境なき医師団(MSF)・日本のウェブサイトを見てみると分かりますが、この団体は11億円以上の収入のほぼ100%を寄付によってまかなっています。つまり、この団体が活動を続けていくためには、日本に住む人々の理解と協力を常に意識して、活動をする必要があるのです。これは基本的に世界中のMSFにおいても同様のようです。そのなかで「募金はもう結構」と発表することは非常に勇気のいることであると思います。先日募金の規模を縮小していくと発表した国際赤十字・赤新月社連盟もこれに影響されたのかもしれません。一方で、日本赤十字社は確かに日本独自の法律により設立されているとはいえ、国際赤十字の一員でありながらもウェブサイトで一向にこの発表をしていませんが……。

日本でこうした発表をすることと、社会にNGO的なるものが根付いている欧米社会で発表することは少し異なるかもしれませんが、NGOがその責任を全うするという意味合いでは、非常に重要な発表だったと思います。そして、それはそのNGOが信頼に値するということでもあるでしょう。もちろん、これで国際世論の目が支援に向かなくなるというのは避けるべきで、マスコミはもちろん、このブログのようなアリンコのような媒体においても、まだまだ必要なところはあることをしっかり伝えていく必要がありますが、これはまたMSFの姿勢とは別の話です。

貫戸さんは上記著書でこう述べています。

とにかくMSFはまず人を救い、「次は政府の役割ですよ」、あるいは、「その次は長期開発型のNGOの役割ですよ」という風にバトンタッチしていく。MSFではそれを「リレーしていく」と言っているのですけど、その意味でMSFは斥候部隊というか先発隊の役割を担っているというふうにフランスのMSFの人たちは言っていますね。(p.18)

その意味では、日本の人たちにとっては非常に刺激的な今回の発表であったかもしれないですが、逆に復興支援というものがどういうものか?ということを改めて考える良い機会になったと思いますし、他のNGOにとっても良い刺激になっているのではないかな?という気がしています。

全く別の文脈ですが、本書で書かれているMSFの「中立」というものに、もっと意識的である必要があるなぁと改めて思うところがあります。現実はそうでもないにもかかわらず、日本社会において、翌この言葉が使われる風潮があるように感じます。しかし、実際にはどういうことなのか?といえば、すごく形式的なところがあるように思えるのも事実です。

「中立」ということに関して、貫戸さんは次のように言います。

世の中が公平な世の中ではなく、非加担の世の中ではないという現実のなかで、貧困や抑圧や不自由な生活を強いられている人々がたくさんいる。そうした厳しい条件下にいる人たちに私たちが医療行為をすることが、不公平な世の中のバランスを少しでも中立に戻す方法になるかもしれないと考えています。もともとバランスが崩れているものを、少しでも弱い方に味方することで、世界全体では公平もしくは非加担の方にバランスを戻すようにしたい。(p.14)

そして、実際の援助活動に関して、

資金については、個人寄付をお願いするということははっきりしています。寄付のすねだけをかじっています。人々の応援で成り立っています。しかし、政府のかけ声による援助計画には参画しません。人道の危機を軍事介入というかたちでつくり、正当化の道具の一つとして人道援助が使われることに矛盾を感じない。そんな世の中になって来ていることに、警鐘を鳴らす人間たちでありたい。そういうスタンスです。(pp.99-100)

と言います。もちろん、何らかの形で政府と協力してよりよい援助が行える可能性を否定するつもりはありません。しかし、例えば日本で政官財民の協力で支援活動を行っているプラットフォームの多くの団体が、現実に唯一公開で定期的に、日本の支援政策について話し合いを行える場所にまったくと言っていいほどほとんど出てくることはなく、密接な関係性を作り上げていることもまた事実です。それならば最初からもらわないという姿勢を貫くMSFというNGOのあり方をもっともだと思うのです。

これだけNPO法人の認証数がある国、日本。そのあり方にもっと敏感で批判的に見ることも大切なのかもしれません。貫戸さんのこの本はそれ以外にも西欧中心のNGOに対する問題点や、日本人として、日本のNGOとして何ができるのか?ということなど、わかりやすくいろいろ書かれています。関心のある人は是非手に取ってみてはいかがですか?