タミフルと世界貿易機関(WTO)〜強制実施権を巡って

鳥インフルエンザがマスコミをにぎわしている。人に感染するといわれる新型インフルエンザウィルスが中国・東南アジアを中心にその被害を広げているが、旅行者はもちろん渡り鳥など人間のあずかり知らぬところでウィルスを生み出す以上、その不安に掻きたてられるのも仕方がない面もある。もちろん昨日の『情熱大陸』でウィルス学者の河岡義裕氏(東京大学医科学研究所教授)が最後に口にしていた通り、実際のところ騒ぎすぎのような気もしないでもない。

この新型インフルエンザウィルスへの処方箋として脚光を浴びているのが治療薬であるタミフルだ。副作用も最新号の『アエラ』などで話題となっているが、ともあれタミフルは日本では世界の生産量の7〜8割を消費している薬品でもあるが、備蓄量となると0.15%しかないらしく(毎日新聞)、ネット輸入では価格が10倍になっているという報道もある(読売新聞)。言うまでもなく東南アジアを中心としてタミフルが十分あるはずもなく、例えばインドネシアでは国内で独自のライセンス製造を行う方針を決める(CNN)など、独自制せアン・類似医薬品開発の動きが出ている。台湾ではタミフルの在庫がつきれば承諾なしで独自に製造する方針を示した(CNN)。台湾が基づいたのは世界貿易機関(WTO)の協定の中に定められた『強制実施権』という権利の行使だった。


 強制実施権に関しては、外務省のWTOに関する用語解説に次のようにある。

 本来特許発明の使用には特許権者の許諾が必要であるが、一定の条件下において特許権者の許諾を得なくても特許発明(例えば医薬品)を使用する権利を第三者に認めることができる場合がある。このような権利を強制実施権という。ドーハ閣僚会議の宣言では、HIV/AIDS等も強制実施権を認める際の条件となり得るとなっている。

知的所有権に関するWTOの協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定<TRIPS協定>31条)のなかで、南アフリカやブラジル、インドなどでのHIV/AIDS治療薬のコピー薬の生産にあたって、弱者は多国籍企業の特許がために自らの命を奪われる現実がまさに脚光を浴びたが、鳥インフルエンザにおいてもまた同様の危機を迎えているとも言える。

タミフルの主成分のなかで鳥インフルエンザに最も有効であるとされる「リン酸オセルタミビル製剤」は米国のギリアード・サイエンシズ(GS)社が開発し、スイスのロシュ・ホールディング社が製造許諾を受けている。日本ではロシュ系列である中外製薬が生産をする。GS社やロシュ社が膨大な資金をかけてこれらの薬品を開発・生産して来たが故の恩恵=利益を受けることは確かにしっかりと認められるべきだが、彼らの独占がゆえに、また莫大なライセンス料がゆえに、鳥インフルエンザが蔓延する世界に対して治療が不可能になる自体は、国際社会においても避けられなければならないだろう。実際、利己主義を遠そうとしたHIV/AIDS治療薬関連会社は国際社会からの大きな非難を浴び、結局、コピー薬を作ることを許諾することになった。

ここでの一番の被害者は、それら治療薬を手にすることができない人たちだ。そしてほぼ間違いなくそれはいわゆる『貧困』と呼ばれる状態に置かれた弱い立場の人たちである。日本は確かに現在備蓄量は少ないかもしれないが、大方の人は薬=タミフルが十分な量あれば、おそらく手にすることができるだろう。しかし、途上国の貧しい人たちの手に渡るには十分な量が泣く、あったとしてもライセンス料による価格の高騰が手の届かないものにしてしまう可能性がある。希少になればなるほどそれは変わらない。何度も書くが、HIV/AIDS治療薬の問題の起こった今世紀始めの出来事を見れば一目瞭然である。

来月12月半ばには香港で行われる世界貿易機関(WTO)の閣僚会議に集まる市民・NGOはそうした多国籍企業による、いわゆる市場経済における決定ではない、民主的な世界のあり方を求める動きでもある。ホワイトバンド・キャンペーン(日本ではほっとけない世界のまずしさキャンペーン)もまたそうした動きに呼応してアクションが行われる。9月の上旬にどこかで手に入れたホワイトバンドを改めて付けて考えるのはそうした市民レベルでの世界の問題の解決なのだ。