「忘却・無視された危機」〜アフリカと援助

まず最初に、先月31日のエントリーでお願いした要請書について。既に賛同をしてくださった方には提出団体の「債務と貧困を考えるジュビリー九州」よりお礼と報告が届いていると思いますが、わずか3日間で13団体、116名の方の賛同を頂きました。ありがとうございます。関心の高さが伺えました。今日のお昼に財務省宛にFAXを送ったのですが、課の電話をとったお姉さんは"申し入れ"に不適切なくらい爽やかな対応をされました(笑)。あれだけ爽やかだったら多くの人が送りたくなりますね(?)。とにもかくにもありがとうございました。…といいつつ、まだまだ明日4日からのG8財務相中央銀行総裁会合が始まり、また6月にはサミット、夏には国連ミレニアム開発目標(MDGs)と、債務に関わる協議の場所は続いていきます。これからも情報を提供していきますので、ご覧下さい。

またこのブログを見て、署名をしてくださった方も数名おられたようですね。本当にありがとうございました!

「忘却・無視された危機だ(forgotten and neglected crises)」

そう述べたのは、国連人道関係調整事務所(OCHA)長のジャン・エグランド氏でした(UN News Center記事)。「世界最大の危機」と言われるスーダンダルフール地方で起こっている出来事や、コンゴなどで続いている深刻なアフリカの状態を前に国連安保理に対してそう述べて深く関与することを求めました。

このアピールの中で彼が言及したのはアフリカに対する世界の人道支援が滞っている現状でした。それはこんな出来事の紹介から始まります。

エグランド氏がダルフールにおける避難民の人々の命を救うために5台のヘリコプターを提供してくれるよう国連加盟国に頼んだときにはどこも手を挙げることはなく企業から借り受けなければならなかった。しかし、環インド洋津波のさいにアジアの国々にヘリコプターを求めたら数日の内に何台ものヘリコプターが配備されたそうです。

例えば…と例をエグランド氏は並べています。1998年以降380万人、津波被災者の12倍以上の人が亡くなったコンゴではお金さえあれば防げる病気で1日に1000人以上が亡くなっていること、世界食糧計画(WFP)が150万人に対して行う予定だったプログラムに12月までに目標数に遠く及ばない50万人に対する支援しか行えていないこと、また最大規模のPKOが展開されているリベリアや、ブルンジコートジボアールでは必要な資金の半分以下しか調達できていないことなどなど。

津波被災者に対する世界中の人々が差し伸べた支援の手は非常に素晴らしいことだし、大切なことだと思います。しかし、マスコミでほとんど報道されることもなく、また日本人の犠牲者の姿のない、"遠い"アフリカで起こっている出来事や現状に対する見識が非常に低いのも世界の現実です。

援助する国される国―アフリカが成長するために

援助する国される国―アフリカが成長するために

もちろん、だからといって単にPKOを派遣すればいい!だとか、ODAを積極的に用いるべきだ!というのは暴論で、それはきちんと「日本ができること」を検討し行っていかなければなりません。毎日新聞の社説で「憲法の枠をはみ出す恐れを否定できないスーダンPKFへの参加を常任理事国入りのテコにしようというのには違和感がある」と書かれているように、それが「政治的利権」のためであればなおさらです。被援助者の姿が見えないでいる援助ほど危険なものはありません。

しかし、同じ社説で書かれている「欧州と違って歴史的なつながりが薄いスーダンに派遣できるほど余力があるのかどうかも疑問だ」というのはまた、援助をする側の論理として、PKO/PKFの憲法上の問題はさておいても、この社説の文章そのものが「疑問」であることは皆さんが考えられている通りでしょう。

「援助を行う」というのはそれ相応の責任をもたらします。日本が例えばインドネシアに3兆円ものお金を円借款として与え、債務として国を苦しめることになっている現状を見ればお分かりの通りです。これはアフリカの国々にも同じことが言えます。政府にしろ、国際機関やNGOにしろ、この問題には敏感であるべきだろうと思います。

さて、そうしたなかで「アフリカ」の問題はこれまで何度も書いてきたように、今年の国際社会において大きな課題として浮かび上がるのは必然です。日本も、先日、アフリカへの「支援」策として、民間育成の新規援助を行うとして3億ドルの特別基金をアフリカ開発銀行(AfDB)に対して儲け、また10億ドルの円借款を行う案を出しました(毎日新聞)。

アジアで成功した(と日本政府は考えている)民間主導の経済成長を目論み、債務返済を促すこの新しい施策(クレジットカルチャー)がアフリカで適当であるか?ということは、しっかりと検証される必要があるでしょうが、これまで世界中が行ってきたアフリカ支援の結果が現在であることを考えると、もう少し現地の人々の生活に密着した形の支援策のあり方を探るべきであって、NGOなどへの資金提供も含めて包括的に考えられるべきだろうと改めて思います。NGOだからといって、すべてが無料で(外務相の好きな言葉を使えば)「自助努力」の生まれる余地のない方法だけではないことはご存じの通りです。

そして、それ以上に日本に住む僕たちが、少なくともアフリカへの関心を持ち続けること、そのための情報提供も含めてしっかりと行われなければならないだろうことを改めて思います。