"ホワイトバンド"はフェアトレードなのか?

いつものように仕事に行く前にコンビニに寄ったら棚に並んでたのが左の雑誌『GQ JAPAN』10月号。表紙はホワイトバンド。16の画面に区切ってみたら、日本のセレブは3人足りなかったから世界のセレブで穴埋めしているようだ。これ、ダブル・カバーになっていて、一番外を剥がすと、裏面は欧米の有名人で埋まっている。そして画像にもある「日本で100万人が予約待ち。ホワイトバンドは、ほっとけない」という表紙の言葉と、裏面には「私たちはなぜホワイトバンドをしているのでしょう」と言葉がある。なぜなんだろうね。

カバーストーリー(本誌p.57)には次のように書いてある。

【 Cover Story 】ホワイトバンド・プロジェクト

世界中のセレブリティが手首につけている白いバンド。これは、世界の貧困をなくそうという声をあらわすという“ホワイトバンド”のこと。日本でもすでに販売数100万本を突破し、予約も100万本を超えている。イギリスで制作された『クリッキングフィルム』を見て日本でのキャンペーンを仕掛けたサニーサイドアップの社長にチャリティイベントの裏側を聞いた。

あー、今こんな記事を表紙と引き替えだからといっても載せないでもいいのに…というのは、NGO的心情なのか、次のページからは300円のホワイトバンドの『理由』が掲載されていて、さらにはこのホワイトバンドは『フェアトレード』であり、だから割高なのだという。いや、フェアトレードって間違ってないか?なんか「それなりの対価を払えばフェアトレード」という意識が一人歩きしているようだけど、別にこれはフェアトレードじゃないと思う。例えば次原社長は次のように話している。

「安くしようと思えばできます。でもこのキャンペーンはフェアトレードにこだわった。流通も通常のチャリティとは違う、当たり前のフェアなビジネスのルールで作っているのでこの値段になってしまう。多くの人に広めるためにかかる経費はしっかり払う。気持ちだけではどうしても限界がありますからね。」

こうした一般的な視点は確かに日本のNPO/NGOを取り巻く社会に置いてもしっかり認識して欲しいし、分かって欲しいと思う。ただ、この次原社長の視点はすごくこちら側の思いだけに限定されているのもまた事実だ。フェアトレードは単にそうした「モノ」視点で考えるということではない。フェアトレードは人と人が繋がるということだ。例えば、デヴィッド・ランサム著『フェア・トレードとは何か』の訳者である市橋秀夫氏は訳者あとがきで、著者ランサム氏の著作を受けて、次のように書いている。

著者ランサムは、フェア・トレードが形骸化したりブランド化するのを防ぐモノがひとつあると指摘する。それは、生産者との「直の、個人的なつながり」であり、重要なことは「産品や製品」とではなく「生産者」とフェア・トレードの道のりをともにすることだという。貿易の向こうにいる具体的な人と出会い、その当事者の声を聞き、自立支援を水平な関係性の下で築いていけるかどうかが、フェア・トレードに関わろうとするものには問われている。(p.210)

フェア・トレードとは何か

フェア・トレードとは何か

おそらくホワイトバンド・キャンペーンが終了した後、サニーサイドアップ社は、中国のその工場と関わりを持つことはほとんどなくなるだろう。彼らの工場が、「国際フェア・トレード認証機構(FLO)」や「国際オルタナティヴ貿易連盟(IFAT)」などが原則として掲げているような、民主的な組織であり、また労働組合を持ち、まともな労働条件であり続けるかどうかなどは関係ないのだろう。ちなみにこれらがフェアトレードに対して示している「公正さ=フェア」の指標のひとつには「長期的な関係」というものもあるが……(デヴィット・ランサム前掲書、p.35-36)。

もちろん、綺麗事ばかりを言っていても仕方がない!というのも確かにそうだろう。次原氏がホワイトバンド・キャンペーンを知ったのも「クリッキング・フィルム」からで、その格好良さに引かれた以上、そこを重視するために考えた結果がこうした形でもあったのだろう(それにしても5月からって良くこれだけ広まりましたよね。それはすごいと思う)。しかし、ホントか嘘か、100万人が予約待ちをするムーヴメント/キャンペーンを生みだした、日本で初めての大々的なこの動きがもたらすものが、今後の日本の市民社会に与える影響を考えると、やはりそうした部分にも慎重にして欲しいと思う。せっかくのこれだけのキャンペーンなのだから。またそれを日本でNGOに関わっている人たちも意識的に丁寧にちゃんと説明をしていくこともまた求められているだろう。特に東京で中心的にこのキャンペーンに関わっている人たちは特に。このキャンペーンでイヤな思いをしている人がいなければいいけれど…。