共感から協働へ〜ホワイトバンド・ムーブメントに見る

債務と貧困を考えるジュビリー九州ニューズレター『CRUSH the odious DEBT』最新号に掲載した文章を掲載)

10月半ば、福岡の国際協力・交流NGOが集まる年に1度の国際協力イベントが開かれ、その中のセミナーでコーディネーターを務めた。テーマは国連ミレニアム開発目標(MDGs)。そう、ホワイトバンド(WB)が日本でも大きなムーブメントになったことにも関連するものだ。残念ながら、WBこそNGO関係者でも身に付ける人や存在を知っている人は多いが、その内容となるとほとんど知られていないのが現実だ。地方のNGOの悲哀…というなかれ、講師としてやってきた外務省職員は職務としてMDGsに取り組む部局でないことを差し引いても、実はそれほど政府内部でも重要視されていないのかもしれない風が読みとれた。

MDGsは、「貧困問題」に真正面から取り組むことを国際社会をあげて約束したものだ。「1日1ドル以下で生活する人を2分の1にする」などという具体的な数値目標を掲げている。もちろん政治的・文化的側面のように数値化できないものにどのように取り組むか?は全くと言っていいほど考慮されていないし、ある面ではこのMDGsの目標が、援助国側の一方的な条件付け(構造調整プログラム(SAPs)のごとく)であるという批判も確かに頷けるが、それでもある一定程度、「貧困問題」が具体的に可視化されたことで、多くの人の興味・関心、そして行動への後押しになった部分は評価すべきだろう。

それがWBというキャンペーンの形で世界中に表出し、20世紀最後の世界的なキャンペーンであるジュビリー2000(債務帳消し)キャンペーンが押し出した世界経済における仕組み、つまりは構造的問題に再び脚光を当て、また世界社会フォーラム(WSF)などに代表される「もうひとつの世界」を創り出す流れにより多くの関心を惹きつけることになった。

しかし、一方でODAに代表される「援助」のあり方に関しては、「ODAはGNIの0.7%」などという、ただ国際社会が求める金額の多寡だけではなく、その「質」そのものの転換こそ主題としなければならないにも関わらず、実際はその部分が蔑ろにされているという撞着が起こっていることは憂患するところである。ある部分では、このWBキャンペーンこそが日本政府・外務省によって利用されている部分があることには自覚的である必要があるだろう。例えば、アメリカが援助の倍増をG8サミットで公約したが実質増えるのは7%ほどだと言うし、日本も今後5年間のODA増額を唱えたがその大部分はイラクの債権放棄分であるというのがもっぱらだ。またサミットで約束された世銀・IMFの100%債務帳消しの一方で、未だに返済不可能で不公正な債務の完全な帳消しはなされておらず、また債務帳消しに条件付けがなされているのが現実である。

またODAに関して言えば、2年前のODA大綱の改正と10年以上続く国内の経済状況、はたまた戦後60年にして一定の勢力を形成しつつあるナショナリズムなどのもとで、「国益重視」の視点が「いまどきの『常識』」(香山リカ)となるなかで、「援助」の名にそぐわないような「戦略的ODA」が大手を振って闊歩する空気もある。

そうした中で、MDGsやその達成を求めるWBキャンペーンを改めて日本のNGOがどのように市民と共有し、ODA=援助の実施を求めていくか?というのは、非常に慎重な考察とそれに基づいたアクションが必要とされるだろう。

WBキャンペーンは、12月中旬の香港での世界貿易機関(WTO)閣僚会議に向けて、新たに「公正な貿易」を掲げるアクションへと歩みを進めることになるが、多くの市民とMDGsの遂行を求めて共に活動する一方で、より理解を深化させる取り組みが改めて求められている。