「貿易ゲーム」と「トレーディングゲーム」〜公と官・民

「貿易ゲーム」とは、1982年にイギリスのNGOクリスチャン・エイド」によって作られた開発教育の教材で、日本では1985年に神奈川県国際交流協会によって日本語版が作成され紹介されました(2002年に「新・貿易ゲーム」として神奈川県国際交流協会(特活)開発教育協会によってバージョンアップ。左画像)。この「貿易ゲーム」は、ゲーム形式で「貿易」を疑似体験することで、世界経済に存在するいろいろな問題や事象について知り、学び、その解決の方法を考えることを目的とされています。

とりわけ先進国と途上国における社会・経済的格差を実体験を通して知ることで、ただでさえ分かりにくい「貿易」の仕組みに隠されたさまざまな問題を考え、それを越えて如何に公正・公平な地球社会を作り上げていくか?ということに重点が置かれています。実際、僕個人も、深くNGOに関わるようになったきっかけのひとつが、この「貿易ゲーム」を体験したことにあります。

それまでも「貿易」「援助」を巡る問題に取り組むNGOに関わっていたのですが、文字面だけを追っかけていて、現場での具体的な体験があるわけでもない人間が、問題を強く認識することは難しいことでした。もちろん、それでも考えることは重要なことですが。

この「貿易ゲーム」、ここ2、3年の間に類似したものが登場しています。「トレーディング・ゲーム」または「貿易取引ゲーム」というようです(こちら)。リンク先の企業の作成したこのゲームは、出自を「イギリスのあるNGO団体が作った」とぼやかしながら、独自のアレンジを施したことを前面に出したものです。しかもこれは、経済産業省の起業家教育促進事業のひとつとして行われています。

経済産業省のこの事業は、平成11年に実施され、平成14年に実施方法を抜本的に見直しされ、この「トレーディング・ゲーム」と商工会議所による「キッズマート」が行われた結果、第三者評価で前者が認められ、これ一本に絞り、6500人の小中学生、高校生を対象にモデル校で実施されたようです(全体では1万人)。今年度からは新たに「教員研修」などを実施しているとのことで事業規模は3億円(経済産業省)。そしてこの関係で受託しているのが前にリンクで紹介した企業です。

実はこのゲームの存在は、(特活)開発教育協会の関係者から以前に聴いていたものの、先日、久留米の友人から久留米でも行われていることを聴いて、改めて思い出しました。上に書いたように、今年度から全国的に拡大されているようで、九州では九州経済産業局が旗振り役となり、昨年11月に久留米で行われたようです(関連ページ「九州経済産業局」「久留米市」)。【関連ページ:北海道経済産業局東北経済産業局中部経済産業局

もちろん、そうした応用によって、より当初イギリスで作られたときに目的としていた問題の解決にむけて、よりよく利用されるのであればそれは良いことだろうと思います。しかし、この「貿易ゲーム」はそうしたことにも多少は触れながらも、一番の目的は誰がどのような工夫でどれだけ儲けたか?というところに重点が置かれているのも事実です。例えばこちらのページに紹介されているように、「いかに儲けるか?」ということへの創意工夫に重点が置かれているのです。「起業家」と銘打っている以上、当たり前といえばそうですが、このゲームがイギリスにおいて行われるようになった背景を考えれば、そことは全く反対の性質を持っていることも分かるでしょう。

もうひとつ気になることは、この方向性の異なった「トレーディング・ゲーム」を、日本政府が国をあげて多額の事業費をもって国を挙げて企業を支援していることです。端から見ると同じ種類にも見える「貿易ゲーム」をNGOは、学校やさまざまな場所で低額で行います。学校に行ってこれを行うにも、おそらく企業に支払われているお金とNGOに支払われている謝礼との間には大きな差があるでしょう。これもまた向いている方向性が異なる以上、それはそれで仕方ありません。しかし、ここで問題だと思うのは、政府が求めている方向性の問題です。

「儲けること=悪」という発想が貧困であることは承知です。しかし、この飽和状態の地球社会において、何を重視して何を行っていくことがベターであるか?という発想がないことが何よりも問題だろうと思うのです。確かに、NGOが雨後の竹の子のように増えるよりも、企業が増える方が税収も増えるでしょう。しかし、「社会的責任(CSR)」という言葉が多用される社会において、まずはその問題の背景を考えることが何よりも重要であり、それであって、乗り越える力を育むことが何よりも大切だと思います。

クリスチャン・エイドが生みだし、日本でもNGOが小さくても確実に進めてきた「貿易ゲーム」がこうして形を変えて、それを採用する企業にとっても、そして国・政府にとっても、そのゲーム自体が問題としていた「公平で公正な地球社会」から遠ざかるものへと変えられてしまった……と思うのは、果たして僕だけなのでしょうか。
★トレーディングゲーム実践記事
Googleニュース「トレーディングゲーム」記事
*学びの場.com「体験型シュミレーションで起業家教育/川口市立芝西小学校」
*フジテレビ:松尾紀子の生きる力をグングン伸ばす「こんな教育!!発見記」『第17回「気づき」を深めるトレーディングゲーム』